History:1993

☆実はきものの着付けの先生なんです!

d0006253_1781257.jpgわたしは東京に住んでいた頃からきものの着付け教室へ通っていて、札幌校へ転校し師範のお免状を取得しました。その後“プロ課”というコースを1年間学び一応花嫁さんも作れるのです。そして1993年頃から自宅でお教室を始めていたのですが、その頃の生徒さんたちを集めてDECEMBER12で「きものパーティー」をひらいたことがありました。

★ブーム:スキー

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運動オンチのわたしが1993年頃は生涯最大の“スキーブーム”で、年間25回くらい行ったという年がありました。たいていのスポーツでは皆の足手まといになるのはよくあることで、人並みといえばわたしにしたら“上出来”なのです。スキーは資格をお持ちのA先生が無償で面倒をみてくださって、なんとか“人並みの上”くらいには上達できたような気がします。感謝してま~す!

☆Hawaii Wedding

わたしの弟夫婦が5月にHawaiiで結婚式をあげることになり、お互いの家族を連れて行くことになりました。身体が不自由な父にとっても母にとっても初めての海外旅行で、期待半分不安半分のものでしたが、わたしが同行するというので心強かったようです。父は杖をつけば一人でゆっくり歩けたのですが、札幌市から車椅子を借りてHawaiiに向かいました。この車椅子がラッキーな“特別扱い”を招いてくれて、飛行機の乗り降りを優先してもらえたりスッチーの方々にはすごく優しく接してもらえたり・・・と父は上機嫌でした。
d0006253_1737651.jpgHawaiiに着いてからは、さすが「福祉先進国」なだけあり、いたるところが「バリアフリー」になっていたし(その頃はまだ札幌では行き渡っていなかった)、身障者をいたわる気配りが自然に身についているといった印象を強く受けました。ホテルの広いエレベーターホールでは、どのエレベーター先に来るかわからないのであたりをつけて車椅子の父が待っていると、欧米人は必ず扉を押さえて先に乗るようにと気を配ってくれました。それに比べて日本人は“我先に”と押しのけるように自分達だけ乗ってしまい、何台も待つハメになり、なんだか恥ずかしいやら悲しいやら・・・
「まだまだ日本人は意識が低いなぁ・・」と感じた瞬間でした!

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↑お嫁さんのお母様(左)と母(右)です。二人ともHawaiiの日系人みたいなムームーの似合い具合ですよね!この何年か後に母は「フラダンス」を習い始め、現在は人を指導する立場になっていて、我が母ながら「たいしたものだ!」と感心してしまいます。

☆ミニライブにつながっていたかも・・・

大晦日の営業パターンは前のHistoryで書いたけれど、1993年のカウントダウンの日には現在山形在住のOくんがギターを弾いてSATAKEが歌うという「ミニライブ」みたいなことが行われました!このことが現在の「ミニライブ」につながったのかも・・・
その後には皆で初詣に行きました。
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↑ポツポツ白いのは雪です。良く見ると懐かしい顔も・・・今でも良く見る顔も・・・
なんだか“若い”というより、“細い”? 気のせい?
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by madomado127 | 2005-04-29 18:12 | december12 history | Comments(6)

わんこの事件簿vol.2


W辺家のジャックラッセルテリア(♀)のワンサのエピソードを2つ紹介します♪

★ワンサのハムスター事件
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  ↑一丁前に運転をしているつもりのワンサ

W辺さんのお兄さんがハムスターをつがいで飼っていて子供が3匹うまれたそうな。
2匹は貰われていき、目がつぶれた子1匹だけを残した。寿命が短いハムスターなので、じきに親のつがいは死にその子“チビチュッコ”だけになった。

ワンサはチビチュッコのことを“お友達”と思い毎日かご越しに親交をあたためていた。1回目にチビチュッコが逃げた時、お姉さん犬のクー(ジャックラッセルテリア+キャバリア)がそ~っとくわえてかごに戻すのを見ていたワンサ。「そっか!逃げたときはあぁやっておうちに戻してあげればいいんだ!」と思ったのか、2回目に逃げた時に張り切ってくわえにいったのだ。あまりに一生懸命すぎたのか、ちょっとだけ強くかんでしまったらしくチビチュッコは気絶してしまった!

何度か息をふきかえしていたが、そのまま放っておいたら殺してしまう・・・と思ったW辺さんは、ワンサに「ちょうだい!」と手をだした。ところがムキになったワンサは更に強くかんでしまったので、とうとうチビチュッコは窒息死してしまった!

もちろん殺してしまう気なんてなかったワンサは動かなくなったチビチュッコに何が起こったのか解らず、でも大変なことをしてしまったことは感じていたようだ。空になったチビチュッコのかごの中を見ては悲しそうにしょげている様子を不憫に思ったW辺さんは新しいお友達のハムスターを飼うことにした。

あたらしいハムスターはまだ小さかったせいか、ある日かごの間から滑り落ちてしまった。そして事件は起こった!

ワンサは素早くハムスターを捕まえムシャムシャと食べてしまった!・・・らしい。
チビチュッコはお友達だったけれど、新しく来た子はワンサにとっては、ただの“ねずみ”だったらしいぞ!


☆ワンサのすずめ事件

すずめの雛が木から落ちていたので保護したW辺さん。とりあえず小さな箱に入れて“エサ”のアワ玉を買いにワンサとクーをおいて出掛けた。
箱には空気穴を開けていないので、ふたを少しだけ開けておいたら事件が起きた!

すずめがバタバタしたせいかふたがすっかり開いてしまい逃げてしまったのだ。W辺さんが家に帰ってみると部屋の隅っこに神妙な顔をしてワンサが“オスワリ”していた。そしてワンサの足元にはベチャベチャになって動かなくなったすずめの雛の死骸が・・・

猟犬であるジャックラッセルテリアの習性で、動く小動物をみるとつい追いかけて捕まえたくなるのだろうが、ワンサにとっては悲しい出来事なのだ!

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         ↑いつも仲良しのワンサ(左)とクー(右)
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by madomado127 | 2005-04-26 22:45 | わんことの生活 | Comments(8)

わんこの事件簿vol.1

♪弁慶のカラス事件

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           ↑生後20日のTank(左)と弁慶(右)

我が家のMix犬Tank(オールドイングリッシュシープドッグ+ゴールデンレトリーバー)の兄弟犬“弁慶”はTankに負けず劣らずのワイルドかつパワフルな性格!
弁慶がたぶん5~6歳頃のエピソードをご紹介します。
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大きな物置をハウスとしてあてがわれ広い庭でかなり自由気ままに過ごしていた弁慶を、毎日からかいにくるカラスがいたらしい。(弁慶ママ談)
弁慶は長い紐でつながれてはいたから、カラスもなめていたに違いない!不覚にも近づき過ぎた時、弁慶の太い前足で捕まえられてしまった。弁慶ママが台所からふと外を見ると、なんと!弁慶はカラスにとどめをさし前足で押さえつけ羽根をバシバシむしっていたらしい。
あまりにも衝撃的な惨状だったが、カラスを食べてしまったらどんな病気になるか・・・と思い、あわててやめさせたそうだ!

弁慶は日ごろのうっぷんを晴らし得意満面だったとか!
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by madomado127 | 2005-04-26 21:33 | わんことの生活 | Comments(2)

S藤くんのドラム

“バンドの生活”の最初のブログに書いたように、わたしは大学の時音楽サークルに入ってブルースピアノを弾いていた。その時にサポートドラマーとしてたたいてくれていたのが後輩のS藤S二くんだった。その頃にはなんとなく「この人ドラム上手いかも・・・」くらいに思っていた。
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昨年6月に、その音楽サークルの時の仲間の一人でアメリカへ移住したToshiroが一時帰国をするというのを理由に“プチ同窓会ライブ”をやろうということになった。ここ数年の間に何度かそういった同窓会は催されていたが、わたしは一度も出席したことがなかったので、この時はわたしが単身上京することになった。

我が家にはTankとBBという犬が2匹いるので二人そろって家をあけることは難しいのだ。おまけにダンナさまは正真正銘の“高所恐怖症”ときている!彼が上京するときは必ず片道16時間もかけて北斗星を利用するので、最低3日は必要とするのだ。だからここ5年くらいは別々に上京するということになってしまっている。

・・・それはともかく、本当に久しぶりにS藤S二くんのドラムを聴くことが出来、衝撃を受けたのだ!現在リズム体であるベーシストのわたしは改めて彼のドラムにシビレてしまったわけだ。サークルのみんなは風の噂でわたしがベースを始めたことを知っていたらしく、「ちょっと弾いてみろよ!」ということになった。“せっかく弾くなら”・・・ということで、すっかりS二くんのドラムに夢中になっていたわたしはずうずうしくも彼をドラムに指名した!自分のウデはさておき彼とのコラボが実現し、わたしの宝物の体験となった。
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今月9日、現在アレンジャー&作曲家としてもプレイヤーとしても活躍中のK林S吾氏(やはりサークルの後輩)がN島Mきのツアーで来札中にひょっこりDECEMBER12を訪ねてくれた時、S藤くんのドラムの話になった。そのK林氏の言葉にも「なんでプロにならなかったのか不思議だよ!」とあった。もちろん昨年彼のドラムでベースを演奏したことは自慢した!そしてなんだか自分の耳が確かだったことが証明されたような気分になり嬉しくなった瞬間だった!
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by madomado127 | 2005-04-26 16:05 | バンドの生活 | Comments(0)

History:1991~1992

1991年

★ブーム

1991年当時DECEMBER12では“ロードレーサーでサイクリング”がブームとなっていた。
そのブームをもたらしたのは、今思えば現在も時々おじゃまさせて頂いている北10条にあるS鮨のSさんだった。Sさんは今もサイクリングの趣味はお続けになっていて、年に何度か大会に参加されているようだ。

何事も「形から入る」satakeは、パナソニックのセミオーダーの“マシーン”;イエロー・レッド・グリーンの色鮮やかで素晴らしくしなやかなフォルムの;を購入し、店の窓際に“これ見よがし”のようにかざっていたのを憶えている人はかなり古くからの常連さんのはず!
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☆ものは試しで「無休」にしてみたが・・・

1991年の2月に無謀にも「無休」にチャレンジ!
身体が続かないと判断し、即断念。
この頃には火曜定休にしていた。

★ダーツボード設置
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現在DECEMBER12には“Slow Hands”というダーツチーム(正式に札幌ダーツ協会に所属)があり、活躍中だけれど、実は「第1次ダーツブーム」が1991年頃あったのだ!
このブームを持ち込んだのは、お互いに高校の同級生同士というT氏とH氏のお二人。当時20代半ばですらっと背が高くステキにスーツを着こなしていて、ベンチシートのアメ車が似合う「かっこいい」オーラ全開なお二人!
・・・そんな人達が「大人の遊び」という感じでダーツをDECEMBER12にもたらしたのだ。





1992年

☆つりブーム
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現在滋賀県にお住まいの古くからの常連さんWakky氏は何事にも凝り性で、つりの“フライ”を自分で作っていました。Wakky氏の影響で一時つりブームになり、運動オンチの私も豊平川まで行って“テンカラ”の竿を振ったのを憶えています。
もちろん、ちっとも上手になりませんでしたけど!!

★第1回DECEMBER12忘年会開催!
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毎年常連の皆さんに多大なるご協力を頂いて趣向をこらしてやってきている恒例の忘年会は1992年からスタートしました。
この頃satakeは某社会人音楽サークルに入っていてバンド活動をしていました。そのバンドのライブとパーティーを合体したような忘年会を開いたのです。
その時にベースを弾いていたのが私が尊敬するベーシストの一人“Super Chopper Bassist”のJ様!この頃からのおつきあいです。
今年めでたく入籍の運びとなり、おめでとうございます!

☆大晦日のルール

もう10年以上も続けている大晦日のルールはこの年からスタートしました。
そのルールは、

12:00 ~17:00 Open
17:00 ~23:00 休憩
23:00~?    Open

という変則営業。
この後はみんなで諏訪神社へ初詣に行きます!
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by madomado127 | 2005-04-20 22:57 | december12 history | Comments(0)

ペアルック

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むーちゃん 「ねぇ Tankちゃん、久しぶりよねー!」
Tank 「そ そうだっけ? な なんか照れてむーちゃんの顔みれないよ。」

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むーちゃん  「Tankちゃん男の子なのに赤の着てるって オソロにしたかったからでしょう?」
Tank     「おいらは毛が黒いから赤が一番似合うってmadoさんが勝手に選んだんだ  い!」

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いつも女の子の前では、てんでカッコワルイTankです。
この日も照れ隠しなのか、ちょっとむーちゃんが傍に来たら乱暴な声を出してしまったり・・・と、まるで好きな子に意地悪をする小学生のガキ大将みたいでした(苦笑)
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by madomado127 | 2005-04-19 18:46 | わんことの生活 | Comments(2)

年長さんたち

先日我が家のTankの10歳の誕生祝いをしたのですが、今日はその10歳のTankよりも年上のお友達がDECEMBER12にやってきてくれました!
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シーズーのリリちゃんは、なんと17歳なのです。もう何度も「もうだめかしら?」と思うようなときを乗り越えてきているりりちゃん。
「わがままが長生きの秘訣ですよ。」・・・とおっしゃるいつも一緒のM島さん。
いつまでもわがままに元気にいてほしいですね!

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こちらはもうすぐ11歳のラッキーくん。いつもおしゃれさんで、今日はしっぽにブルーのカラーリングをほどこし耳にはイクステンションをつけていたラッキーくん!大好きな黄色のきりんさんのぬいぐるみで遊んでいるところを、むりやり写真をとらせていただきました。年長さんとは思えないほど元気でやんちゃなラッキーくんでした!
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by madomado127 | 2005-04-17 02:13 | わんことの生活 | Comments(2)

History:1990年11月18日

紙版DECEMBER通信の2004年11月号で“DECEMBER12 開店記念日によせて”という特集を組み、約15年前DECEMBER12が生まれた頃のことを書いてみました。

ブログではそれから今までの歴史みたいなことをつれづれに書いてみようかと思います。
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15年ほど前、東京で会社員をしていた私達夫婦は、私の実家がある札幌へ帰省をするたび“東京へ帰りたくない”感がどんどんつのり、「じゃあ 札幌に住んじゃえ!」と移住を決意。
カフェを持つことは以前からの私達の夢であり、それを実現させることがこの次期(1990年11月)になったのは、現在のこの店舗との運命的な出合いがあったからに他ならない。

8月の夏休みの帰省をしていた私達は近い将来のために札幌市内、なかでも最もお気に入りだった北大近辺を散歩がてら店舗物件を物色していた。 その条件は、

     ①都心に近くないこと
     ②駅に近くないこと
     ③目立ちすぎないこと

の3点だった。まさに“隠れ家”的なイメージは、すべて私達が求めていたそのものであった。

北24条の地下鉄駅で下車し、現在の店の前の通りをのんびり南に向かって散歩していた私達の目に「権利譲渡物件」の張り紙が飛び込んできた! ガラス張りとコンクリート打ちっぱなしの外観は私達を魅了した。 この時ここ以外でカフェを開くことは考えられないほどの惚れ込みようだった。 その日は夏休みの最終日だったので、東京へ戻って早速不動産業者に連絡をとったところ一足遅く、他の買い手がついてしまったとのこと。 現地で即行動を起こせないようでは欲しい物件は手に入らないと判断した私達は、9月いっぱいで東京を引き払うことを決意。

それから約1ヶ月、他の物件が見つかり“今日契約する”という当日に、その物件の“又貸し”が発覚して取りやめになったり、相手とのタイミングがあわなかったりと、まるで私達が他の物件に決めるのを引き伸ばしているかのような何か正体の見えない作為さえ感じられたものだ。

そんな日々の中でも、8月に出合ったこの店のことはどうしても忘れられず事あるごとに、この場所を訪れては、大きなガラスの外側から恨めしげに中を覗いていたのだ。

そんなある日、不動産業者から朗報が舞い込んだ! 美容室にしようとして私達より一足早く契約していた人がキャンセルを申し出たというのである。 私達は「やっぱり運命の出合いだったんだ!」と確信。

しかし、実は札幌以外にもう1箇所候補地があったのだ。 栃木県宇都宮市である。 宇都宮はSATAKEの母方の田舎であり、特に仲良くしていたいとこ一家がすんでいて月に1度は東京を抜け出して泊りがけで出掛けていたものだ。 都内から約100kmのこの地は東京への通勤圏であり、思い立ってひょいと出掛けて行くには実に手頃な行く先であった。

その昔、“たけしのスポーツ大賞”という番組のマスコットガールに選ばれてレギュラー出演をしていたことのあるいとこは宇都宮では有名人で、そんないとこのサポートがあればカフェを開いた時に大きな助けになるだろうとおもったし、東京に住む私達のたくさんの友人達も訪れやすいだろうと、一時は「宇都宮説」にかなり傾いていたのだ。

それがなぜ札幌が逆転勝利したかというと、一言で言うと「街の空気」かもしれない。私達には札幌のほうが“街”としての可能性を秘めているように感じられたからなのだ。 移住先を札幌に決めたことを東京の両親に報告した時、父が言った言葉が決定的とも言える。

「北の地の方がお前には縁があるような気がする。」

“帽子問屋”を営んでいた父は昭和30年から40年代に月に何度も青函連絡船と国鉄(JR)を乗り継いで約24時間もかけて東京から北海道へ出張してきていたのだそうだ。 さぞ辛い行程だったろうと思われるのだが、しゃにむに働いていたその頃のことは良い思い出がたくさんあるらしく、各主要都市の有名デパートのことなど息子よりよく知っているのが自慢なのだ。 その頃の知人がひょっこりDECEMBER12を訪ねてくれることもあり、昔に苦労して築いた人とのつながりの強さに感激したものだ。

東京から移住して約1ヶ月半、一目惚れした物件が手に入り目の回る勢いで開店準備をし1990年11月18日、DECEMBER12はオープンしました。あれからもう15年になろうとしているなんて! あの頃からずーっと通ってきてくれている人、近頃ぼちぼち顔を出してくれるようになった人、何年かに1度ふらっと思い出して来てくれる人、いろんな人々に支えられてこれまでやってくることができました。お店の歴史イコール人の歴史なのだと思います。これまでの15年間に出会ってきた人達とのいろいろな出来事を綴っていきたいな・・・
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by madomado127 | 2005-04-17 01:32 | december12 history | Comments(7)

今日で10歳に・・・

今日4月8日でTankは10歳になりました!
特別にケーキにろうそくを10本立てて、“ふー”ならぬ“ワン”で火を消して
たっぷりの生クリームと苺がのったケーキをほおばりました!
いつもはもらえないのだけれど、今日は特別です。
まだまだ元気いっぱいのTankですが、人間でいうと“還暦”にあたるくらいの年齢です。
10歳を目前のギリギリに保険にも入りました。
おりこうでなくともいい。
何も芸ができなくともいい。
ただ元気で幸せでいてくれたら・・・とわんちゃんと暮らしている人はみんなそう思っているに違いありません!
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はじめは余裕だった“マテ”ももう限界!よだれ~
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最後の1個の大好物の苺も も~らいっ!

いつもにもまして幸せな日でした! by Tank
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by madomado127 | 2005-04-09 02:52 | わんことの生活 | Comments(6)

かわいいお客さま達

ここ最近DECEMBER12を訪れてくれたわんこたちを紹介します!

まずは、Tankのラブラブ光線を浴びてちょっと迷惑(?)かも・・・のお嬢様犬 ゴールデンレトリーバーの“むーちゃん”
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漆黒の毛並みが美しい フラットコーテッドレトリバーの“はなちゃん”。マスターにラブラブ中のショットです!
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久しぶりに元気に顔を見せてくれた ゴールデンレトリーバーの“ジェイくん”  この日4月1日はジェイくんの7歳の誕生日でした!ママとお泊りのお出かけに出掛ける前に立ち寄ってくれました!
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いつも仲良しの二人! ジャックラッセルテリア&キャバリアのミックス “くーちゃん”とジャックラッセルテリアの“ワンサ”。写真を撮られるのがあまり好きではないくーちゃんのちょっとすねたような「横目」がかわいい!
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こちらは一緒に暮らしているのではないけれど、遊び友達同士のジャックラッセルテリア “トイくん”と“クリークくん”! トイくんの方がお兄ちゃんです。まったりと眠そうな目がたまりません!
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ここでちょっと「まったりつながり」で、我が家の“ビーちゃん”のストーブの前の座布団で「ありがたく」なっている表情をのせてみます!
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最後に我が家のTankとツーショットのトイくん! 初めての顔合わせは、はじめだけちょっとトイくんが唸ったのですが、すぐに匂いチェックをしあって仲良しできました。
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他にも、シェルティの姉妹“モモちゃん”と“ルナちゃん”や盲導犬を引退した“パールちゃん”や常連犬では最年長の17歳シーズーの“リリちゃん”など、今回写真を撮れなかったワンちゃんたちがたくさん来てくれました!

来週はどんなワンコたちが来てくれるか楽しみ!
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by madomado127 | 2005-04-03 03:26 | わんことの生活 | Comments(6)